任侠バスはひた走る!

この話は、1本の電話から始まる。

 

私たち添乗員は、本来自分の取って来た商談を、自分自身が添乗として行くことから始まるのである。

つまり、私たちは普段、旅行会社の一営業マンであり、団体旅行部門の営業活動をしている社員なのである。

あくまでも営業が主で、添乗が副なのである。

ただ、新人のうちは、経験を積ませるために先輩の商談に添乗員として駆り出される。

 

よって、平日の営業活動は、会社に飛び込み、慰安旅行や出張イベントを獲得するのが日々の仕事なのである。

当然、ノルマが存在していて、私たちはそのノルマに追われているので、電話で掛かってくる電話注文はのどから手が出るぐらい欲しい案件なのである。

 

だが、普段はその「電話注文」は先輩方が持っていく。

だからめったに「電話注文」は、こちらには回ってこない。

 

それが、今日は回ってきた。

メモに書かれてある案件は、

「平日の日帰りで大阪から名古屋までの約50名ほどの送迎バス2台の商談である」

しかし、住所と会社名を見て、ちょっと躊躇した。

「大阪市西成区、◯◯組」とある。

「え~っ、これやばい案件じゃないか?」

 

だが、今月に入って受注はゼロだ、より好みしている余裕はない。

早速、その「◯◯組」に電話してみた。

「あの◯◯旅行社の◯◯です。本日お電話を頂き、まことにありがとうございます。

私がご担当させていただきますので、一度訪問させて頂き、お話をお伺いしたいのですが、
如何でしょうか?」

 

まず、電話口に出た少し若めの者が上の者に代わる会話が聞こえてきた。

「はい、こちらは西の〇〇組ですが」

「おっ、◯◯旅行社、ちょっと待ってや、アニキ、◯◯旅行社やて・・・」

今度は電話口に落ち着いた感じの男性が出た。

「◯◯組の◯◯です。早速、打ち合わせしたいから、ここに来てくれるか?」
と言って住所を告げた。

 

後日、私は南海電車の新今宮駅に降り立っていた。

その駅から歩いて10分ほどの場所に事務所がある。

新今宮と言えば「あいりん労働センター」のある場所、大阪でもちょっとやばい場所なのである。

「あいりん労働センター」とは、日雇い労働者のための建物で近隣には1日500円という安宿が並んでいる。

だから、昼間と云えど浮浪者が町中をたむろしている街なのである。

 

その「あいりん労働センター」を横目で見ながら、目的の住所へ急ぐ。

左手前方には、「通天閣」も見えている。

そうこうするうちに「◯◯組」の事務所が見えてきた。

「まさしく、ヤクザの事務所やないか?」

周りを鉄の車止めで囲み、あちこちにテレビカメラが10台ほど並ぶ2階建ての戸建てのしっかりとした建物だ。

 

「こりゃ~、まずいわ、ヤクザそのものや」と入るのを躊躇していた。

中から出てくる人も映画のヤクザ映画そのものや。

約束の時間が近づいていたので、とりあえず、勇気を振り絞り中に入った。
驚いた。

入り口にカウンターがあり、一番奥に額に入った「代紋」が掲げられている。

「◯◯旅行社から来ました◯◯です。」と名乗った。
応接室に通された。

若いチンピラ風のにいちゃんが慣れない手付きでお茶を運んでくる。

ひとりは貫禄ある初老の男性、もうひとりはがっちりとした中年の男性がソファーに座っていた。
名刺を取り出して、再度挨拶をする。

 

「早速やけどなぁ、〇月〇日に50名程で名古屋まで送って欲しい。日帰りや」

「はい、50名ならば、バス2台になります。バスの種類は、サロンカーまたは普通の観光バスですか?」

「サロンカーを2台や、サロンカーは防弾ガラスか?」と問うてきた。

「当社のドイツから輸入したサロンカーには前面が防弾ガラスになっております」

普通の客なら有り得ない問いだった。

 

サロンカー2台の注文

「じゃ~、そのサロンカーを2台頼む、それと団体名は、必ず、伏せてくれ」
団体名を伏せてくれと言うお願いは、ときどきある願いだった。

 

「わかりました。あと、バスガイドはどうしますか? 観光地の案内は必要ですか?

サロンカーの専属のバスガイドは案内はせず、お茶や飲み物、カラオケの接待します」

お見積りを作成するための、必要な条件だった。

 

「バスガイドは必要や。案内は不要や。それとバスにはカーテン付いているか?」

通常サロンカーには、案内の出来るバスガイドは乗せず、スチュワーデスと呼ばれている接客係りが乗り込んでいる。

 

※現在は、航空会社ではスチュワーデスと呼ばず、
「客室乗務員」「CA(シーエー)」「キャビンアテンダント」と呼ばれています。

「はい、それではスチュワーデスがお伴します。それにサロンカーには、カーテンは付いています。

了解しました。それでは、一端、社に戻り、見積もり書を作成してお持ちします」

防弾ガラスやカーテンを引くと言うことは、銃撃される恐れがあるのか?おそろしい。

 

「あのなぁ~見積書はもらう、けどなぁ、今すぐここから電話してサロンカー2台その日おさえておいてくれ。

それと当日の高級弁当50個、お茶50個を乗せておけ、

最後になぁ、お前もいっしょに来い。もし、手配が怠ったら、覚悟しとけよ。その保障や! わかったな」

え~っ、添乗員に来い、もし、バスが遅れたり、サロンカーを手配出来なかったら、指を詰めされる。

 

えらいことになった。

もし、サロンカーが空いてなかったら、どうしよう。

右手の指は必要や出来たら左手の小指にしてもらおう。

組の電話を借りてサロンカーの仮予約は入れた。

でも、まだ安心は出来ない、本契約するまでは、気が抜けない。

 

帰る間際に、初老の男性に呼び止められた。

「無理を頼むけど、その日は名古屋で大事な葬儀があるんや、だから遅れる訳にはいかん、そして、組長も乗って行く。

安全に行き交えり送ってくれ、金額は高くてもかめへん。

あんさんを見込んで頼むさかい。送り届けてくれ。

最後に今日聞いたことは全部内密や。

これは今日の謝礼や、取っとけ」

なんと別の組の葬式に50名で出席するらしい、組長も同乗するらしい。

最後に白い封筒を渡された。

断ったが、無理やり、ポケットにねじ込まれた。

これをもらってサロンカーが手配出来なかったら、指どころか、命がなくなる。

 

出てから、封筒を開けてみた。

なんと、1万円が入っている。

うれしいやら、恐怖やらで頭が混乱している。

逃げるようにして会社に戻って上司に報告した。

1万円もらったことは伏せて。

 

どうにかサロンカー2台、運転手2名、スチュワーデス2名、高級弁当50個、お茶50杯の予約することが出来た。

再度、見積もりと注文書を持って後日訪れた。

見積もりは、普通の会社での慰安旅行の倍もする金額だ。

今回もこわごわ訪問した。

 

こわごわ見積書を出すと
担当の中年の男性は、顔をしかめつつも注文者に印鑑を押してくれた。

そして、前金の支払いも了解してくれた。

きっと、組事務所はお金保っているんだろうな。

会社に戻り、再度手配漏れがないかどうか?確認することにした。
しかし、帰る間際に、初老の男性に呼ばれた。

 

「今回は、絶対に欠席したり、遅れたり出来ひん、組が潰れる。

命かけてやってくれよ。

これも今日の謝礼や」

わっ、えらいこと引き受けた。

封筒には、またも1万札が入っていた。

これで合計2万円や、これでもう断れん。

この仕事終わるまでゆっくり眠れん。

 

名古屋までの送迎

とうとう、当日の朝が来た。

配車場所までサロンカーの運転手とスチュワーデスには、今回の送迎について詳しく語って聞かせた。
ひとりの運転手は「途中で銃撃でもされへんやろなぁ?」
そんなこと知るか。
こっちも命がけや。

 

ここまで来たら覚悟を決める。

運転手に何と言われようと絶対に遅れんように送迎する。

配車の30分も前にバスは配車場所に到着した。

いつもの中年の男性が「荷物があるから、下のもんに運ばせる。

積み込んだら、盗られんようにバスに鍵かけとけよ。

組の代紋と大事なもんや」
それから持ち込まれたのは、大きな額縁、衣装ケース、それに銀色のトランク箱3ケース

あの銀色のトランクにピストルやら刃物が入っているんちゅうか?

と運転手が小声で囁く、警察に見つかったら、俺も逮捕される。

 

出発前に運転手・スチュワーデス・添乗員の5名が集められ、

途中の休憩は1回のみ、ドライブインではトイレのみで売店には寄らせない。

お昼は、少し早めの11時半に食事して、必ず、1時には名古屋の〇〇寺に着けること。

それが終わって、運転手・スチュワーデス・添乗員にそれぞれ祝儀袋が手渡された。

「今日は、葬儀出席や、普通の旅行とは違う、くれぐれも2台揃って走ってくれ

離れないように並んで走ってくれ」

祝儀袋には、1万円が入っていた。

多分、全員同じ金額が入っているのだろう。

これで3万円になった。
でも、今回が終わるまで命と引き替えや。

 

52名が乗り込み始める。

1台目に組長と思しき男性、幹部らしき人で15名。

2台目は主に若い連中、どちらもビールやお酒類は積まない。

「そりゃ~、当然や、なんせ葬式に行くんやから」

 

身なりは、黒装束、それに黒のネクタイ、これが52名も集まると相当迫力あるで。
だが、車内は静か。

担当の中年男性から静かな音楽でも掛けといてくれ。と頼まれ、カセットの軽音楽をどちらのバスも流す。

問題は、休憩のドライブインや、バスから黒装束の男たちがぞろぞろ降りてくる。

ドライブインにいた者はみんな眺めているだけで、遠巻きにしている。

組長から売店は寄るなとの指示で真っすぐトイレに直行直帰だ。

バスの中は、普段の慰安旅行に比べると格段に静かに進行していく。
それにバス車内の全窓は、カーテンが引かれており、車内は薄暗いが、車内電灯はつけない。

 

11時半から食事開始、全員モクモクと食べている。

その間も、バスはひた走る。

食事が終わると、後ろのサロンルームで風呂敷から紋付袴を出して組長以下の組のトップが着替える。

さすがに組長が紋付袴に着替えると「ヤクザ映画そのものや」
そして、12時半にはお寺に着いた。

 

驚いた。
同じような黒装束の男たち、そして、紋付袴の組長たちがいっぱいや。

その周りを多くの警官が取り巻いている。

多分、大きな組の組長が亡くなったやろ。

 

2台のバスの運転手・スチュワーデス・添乗員が集まり、弁当を食べる。

その時、刑事らしき男が2人来て、組の名前と何人乗っていたかを尋ねに来た。

 

葬儀場は、名古屋でも大きなお寺で行われた。

駐車場には、各方面からのバスや黒塗りの自家用車がいっぱい止まっている。

その石談の上にお寺の本堂があり、そこの階段には、白と黒の垂れ幕で囲まれている。

上から読経の音が聞こえてくる。

本堂に入れたのは、ごく一部の組長や幹部だけやろ。

その他は、本堂の周りを囲み、警戒しているやろなぁ?

 

そして、葬儀は終わった。

帰りのバスは、もっと静かやった。

みんな、眠っている。

無事に大阪に到着した。

 

なんと、車内にはゴミひとつ落ちていない。

なんと、タバコの吸い殻だけや。

なんと、この人たちこそ礼儀正しく、統率のとれた人たちだろう。

 

最後に清算に行くと現金で札束を渡され、そして、帰り際にまた封筒を渡された。

「ありがとな、問題なく、葬儀に行けたわ! これお礼や」

最後の封筒には、2万円が入っていた。

 

「また、旅行でもあれば、声掛けてください」
なんと、祝儀だけで5万円も儲かった。

 

しかし、その後に電話はなかった。

 

 

kindle本「散々な添乗員日記」

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