そうだ、藁(わら)をもすがる気持ちでクリックしてみよう。

  • 2023年4月30日
  • 2023年5月7日
  • 成功
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毎月、毎月、「お金」に困っていた。

 

よく、ツイッターなどで「借金を返すには?」とか
「お金が回る方法を誰か、教えて」とツィートしていた。

 

でも、これはと思う返事は来ず、
いつも「スマホでワンクリック数万円儲かる。」

「放置するだけで一日5万円が入ってくる。」

と言ったたぐいの詐欺まがいの返答だけだった。

 

でも、ある時、こんなツィートが入っていた。

 

”お寺を出て、初めてつかんだものを大切にすれば、

それが、お前をお金持ちにしてくれる。”

 

「このサイトをクリックしてみて!」とある。

 

「なんじゃこりゃ、新手の詐欺かな?」

でも、不思議と違和感を持たなかった。

むしろ、何だか温かみのある懐かしさを覚えた。

 

でも、すぐには、サイトをクリックしなかった。

数日後、借金で首が回らなくなった折、

藁(わら)をもすがる気持ちであのサイトが頭をよぎった。

悠久自我

「そうだ、藁(わら)をもすがる気持ちでクリックしてみよう。」

・・・
「皆さんは、『わらしべ長者』の昔話しをご存知だろうか?」

そこに書かれてあったのは、日本昔ばなし「わらしべ長者」の世界だったのである。

 

日本昔話しから引用

物語はこうだ・・・

むかし、むかし、ある若者が、お金に困り果て、お寺の観音様に

「どうか、オラがお金持ちになれますように。」とお願いをした。

 

すると、観音様がその者にこう告げた。

「お寺を出て、最初につかんだモノを大切にししなさい。

それが、お前をお金持ちにしてくれるだろう。」

 

と告げられた。

ここまでは、私と全く同じ環境だし、

神様におすがりつくのも同じ条件だった。

話しを続けると

 

喜んだ若者は、勇んでお寺を出ました。

しかし、勢い余ってお寺を出たとたん、石につまずき、

スッテンと転んでしまいました。

 

お寺の庭でころんだ若者は、ころんだ拍子に

土の上にあった一本の「わらしべ(イネの藁の芯)」を掴みました。

わらしべ

「観音様がおっしゃっていた最初のモノって
これのことかなぁ?」

 

若者は、半信半疑、その「わらしべ」を掴み、じっくりと見てみました。

「これで、オラをお金持ちにしてくれる、とは思えないがな。」

 

若者は、首を捻りながら歩いていると

そこに一匹の「アブ」が飛んできました。

 

若者はその一匹のアブを捕まえ、

さっき拾ったわらしべに、その「アブ」を繋いで遊んでいました。

 

そうこうすると、向こうから一台のの立派なかごに乗った子供が

そのわらしべに繋がれた「アブ」を見て、こう言いました。

 

「あのわらしべにつながったアブがほしいよ~」
と母親にせがみました。

わらしべ長者

母親はその「わらしべにつながったアブをくれませんかのう?」
と若者にお願いしました。

 

若者は、「ああ、いいとも子供にあげよう」
と言って、その「わらしべにつながったアブ」をそのまま
子供にあげました。

 

母親は、「わらしべのアブ」のお礼に一個の「ミカン」をくれました。

ミカン

 

最初は、一本の「わらしべ」だった。

その「わらしべ」に若者がアブを繋いだ。

「わらしべ」「アブのつながったおもちゃ」に変身していたのです。

 

つまり、その若者は、ここでアイデアを出して
自分自身で手を加え、「わらしべ」が「おもちゃ」という価値あるものに変化したのです。

 

その「わらしべのアブ」「ミカン」という価値に置き換わったのです。

 

——–私も神様に藁にもすがる想いで「お金持ち」になりたいと念じています。

実際に、藁を拾ったわけではありませんが、「わらしべ」「藁にもすがる想い」

不思議と共通します。

 

そして、私にとって、その「わらしべ」とは、今こうして

この「わらしべ長者」の物語を書いていることです。

 

つまり、私の最初に掴んだ「わらしべ」は、

このように記事を作る動作だったのです。

 

話しを戻します。—————————————-

 

若者は、つぶやきました。

「わらしべ」が、「アブを繋いだわらしべ」になり、

そして今、その「アブをつないだわらしべ」「ミカン」になった。

 

若者がさらに歩いていくと、道ばたに女の人がうずくまっていました。

若者は、その女の人に「どうしましか?」と声を掛けました。

 

すると、女の人は、
「のどが乾いて、くるしくて、うずくまっていました。」
と答えました。

 

若者は、水は持ってはいませんが、一個の「ミカン」を持っています。

「水は、あいにく持ってはいませんが、この『ミカン』で乾きを癒やしてください。」

と言って、「ミカン」を差し出しました。

 

女の人は、お礼を言って「ミカン」を食べました。

「ありがとうございます。 『ミカン』を食べて元気になりました。」

と言って、お礼に「うつくしい布」をくれました。

うつくしい布

なんと、「ミカン」「うつくしい布」になった。

 

若者が「うつくしい布」を持って歩いていると、

今度は、道ばたにウマが倒れて動けなくなっていました。

その傍らで男の人がオロオロと困り果てていました。

 

若者が訪ねました。

「どうしたんですか?」

ウマが街に行く途中で倒れてしまって動けません。

街に行って「ウマ」「うつくしい布」を交換する予定でした。

今日中に布を手に入れないとマズイことになります。 困っています。」

 

そこで若者は、「私が持っている布とウマを交換してあげましょうか?」

馬

「それは助かります。 是非、交換して下さい。」

男は、早速、「ウマ」を渡して、布を喜んで持ち帰りました。

 

——–ここまでで3回、より価値の高いモノに交換しています。

最初に手につかんだ「わらしべ」、それに「アブ」を繋いで、

一回目の交換で「わらしべに繋いだアブ」「ミカン」に変わった。

二回目の交換で、「ミカン」「うつくしい布」に変わった。

三回目の交換で、「うつくしい布」「ウマ」に変わった。

 

このように、金銭が介入しないけれだ、どんどんモノの価値が上がっていった。

若者は一銭も掛けずに「わらしべ」を掴み、後生大事に観音様の言いつけを守った。

ここまでの筋道で見えてくるのは、この若者の「素直さ」だろう。

素直に観音様の言いつけを守った。

 

そして、次に、「わらしべ」「アブ」を繋いだことだろう。

「わらしべ」だけでは、子供は見向きもしなかっただろう。

そこに、この若者の「アイデア」と「発想の転換」が含まれている。

 

更に、若者が道ばたで倒れている女の人を助け、

次に、道ばた動けなくなった「ウマ」と男の人を助けた。

この時点で、「相手に対する思いやり」が見て取れる。

 

ここまでで3つの成功の秘訣が隠されている。 話を戻します。———————

 

でも若者は、その「ウマ」がかわいそうになり、水をやり、体をなでてやりました。

そうして時間が経つと、「ウマ」は徐々に元気なり、立ち上がりました。

「ウマ」が立つと、その「ウマ」は立派な体の「ウマ」でした。

 

若者が立派な「ウマ」を連れて歩いていると、

大きなお屋敷があり、引っ越しをしている最中ででありました。

 

そこの屋敷の主人が、「ウマ」を連れた若者に

「その『ウマ』をわしに貸してくれんかね。

どうしても旅に出なければならない、そこでどうしても立派な『ウマ』が必要なんじゃ。」

 

そして、こうも言いました
「もし、わしが3年のうちに戻らなければ屋敷と田畑はお前に譲る。」

若者は、承知して、立派な「ウマ」を屋敷の主に貸しました。

そして、その若者は、「大きな屋敷」で主の帰りを待っていました。

 

しかし、3年経っても主は帰って来ませんでした。

若者は、たいへん弱りましたが、主の言いつけ通り、その「大きな屋敷」を守り、

そして、田畑も耕して、大金持ちになったという昔話です。

長者

 

—————-最後めで、物語を読んで———————————

決して、この若者は、人の揚げ足を取ったり、人を騙してモノをくすめるような若者ではないことです。

すべて、チャンスを掴み続け、最後は大金持ちになるという、成功の典型的な例です。

 

ここで感じられることは、この若者が「自分だけが」といった類の若者ではなく、

人が困っているのを助け、そして、自分の望む方向に進んで行ったことです。

一本の「わらしべ」が、最後は「大きなお屋敷と田畑」に化けた。

 

この話しは、価値の交換という重要な要素が含まれています。

人生は、あっさりと簡単には、このようにトントン拍子には行くはずがないが、

道を踏み外さないことです。

 

この話しを、子どもたちに語ると

今の子供たちには、「ちょっと辛気臭い」となるかもしれません。

徐々に上り詰めていく様が描かれていて、

シニア層の者には、「なるほど」と思える物語です。

 

——————-この話しは今の交換経済の仕組みも含まれています。——————-

 

「成功」に向かって、いっそに!

わらしべ長者1
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